多くの写真家を魅了する大都市ニューヨーク 映画「フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク」

Photograph by Jamel Shabazz ©Alldayeveryday

Photograph by Jamel Shabazz ©Alldayeveryday

ニューヨークが魅力的なのは、この街の津々浦々を撮りまくる「ストリートフォトグラファー」と呼ばれる一群のカメラマンによるところが大きい。彼らは、ニューヨークの表通りよりも裏通り、光よりも影に寄り添いながら、作品を通して路上に登場するさまざまな人間模様を見せてくれる。

これが自由か……

1970年代の中頃から80年代の初頭にかけて、7年ほどニューヨークで暮らしたことがある。これまでにアジアやヨーロッパのさまざまな都市を訪れているが、今でも住んでみたいと思うのはニューヨークとバロセロナだ。地中海に面したバルセロナには素晴らしいサッカーチームがあり、人々は開放的。しかし、それ以上にニューヨークの空気は「これが自由か……」と思えるほど軽く、息苦しさから解放された。

1962年に写真を撮り始めたジョエル・マイエロヴィッツ。彼の作品はMoMA、ボストン美術館などで常設展示されている。©Alldayeveryday

1962年に写真を撮り始めたジョエル・マイエロヴィッツ。彼の作品はMoMA、ボストン美術館などで常設展示されている。©Alldayeveryday

寛容な都市ニューヨーク

その理由は寛容さだ。ニューヨークに着いた翌日、五番街で中年の白人女性から「カーネギーホールへはどう行けばいいの?」と聞かれたことがある。それまで自分を「外国人」と意識して緊張していたが、その瞬間、アジア人でも日本人でもなく、自分はただのニューヨーカーだということを悟った。つまり、ニューヨークには「外国人」は存在しないも同然ということだったのだ。それは同時に「ここにいてもいい」という寛容さをも示されたように思えた。

セルビアの首都ベオグラード出身の写真家ブギー。ニューヨークで最も危険とされる地域に潜入してジャンキーやギャングの生々しい姿を捉えている。©Alldayeveryday

セルビアの首都ベオグラード出身の写真家ブギー。ニューヨークで最も危険とされる地域に潜入してジャンキーやギャングの生々しい姿を捉えている。©Alldayeveryday

「変化」を捉える人たち

そんなニューヨークに魅かれて多くの人がやってくる。その最大の魅力は「変化」だ。時々刻々、毎日毎月、ニューヨークは変化し続けている。その変化はさながら、色とりどりの熱帯魚が気ままに泳ぐ巨大な水族館を見ているようだ。瞬時もじっとしていない。その変化に疲れ果てる人もいるが、わくわくする人もいる。良いことも悪いことも、楽しいことも辛いことも、ニューヨークの変化の全てを捉え、見届けずにはいられない人たちもいる。プロのカメラマンたちだ。

ストリートフォトグラファーとして知られるリッキー・パウエル。ビースティー・ボーイズなどのヒップホップシーンを撮り続けている。©Alldayeveryday

ストリートフォトグラファーとして知られるリッキー・パウエル。ビースティー・ボーイズなどのヒップホップシーンを撮り続けている。©Alldayeveryday

武器はカメラと好奇心

彼らは、カメラ片手にニューヨークの街に飛び出し、そこで今まさに起きている瞬間を捉えようとする。時には路上だけでなく、麻薬常習者の巣窟やギャングの隠れ家、地下鉄の落書き現場などにも出没する。ファッション写真や広告写真を撮ればきっと大金が得られるのに、彼らは路上に出てヒリヒリするようなニューヨークの現実にレンズを向ける。そんな写真家15人を追ったのがドキュメンタリー映画「フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク」だ。

ブルックリン育ちのブルース・ギルデン。写真通信社マグナムフォトの会員で、日本にも3カ月ほど滞在したことがある。©Alldayeveryday

ブルックリン育ちのブルース・ギルデン。写真通信社マグナムフォトの会員で、日本にも3カ月ほど滞在したことがある。©Alldayeveryday

何かを持っている……

監督は、自身も写真家でフィルムメイカーのシェリル・ダン。女性が足を踏み入れたことのないボクシングの世界を撮影して一躍、注目された。この映画をつくろうとしたのは「通りがかりの人に心を開かせるストリートフォトグラファーは、持っているものはそれぞれ違うけど、必ず何かを持っている」。それを紹介したかったようだ。それだけに、現在進行形でストリートフォトグラファーの撮影風景を追うシーンには、現場に立ち会っているような迫力がある。

「世界が誇るスナップフォト・アーティスト」と称されるジェフ・マーメルスタイン。その作品はニューヨーク・タイムズをはじめ、一流の雑誌に数多く掲載されている。©Alldayeveryday

「世界が誇るスナップフォト・アーティスト」と称されるジェフ・マーメルスタイン。その作品はニューヨーク・タイムズをはじめ、一流の雑誌に数多く掲載されている。©Alldayeveryday

その瞬間を撮っていなかったら……

この映画で紹介されているのは、その「影」の部分を含めて、まさにリアルなニューヨークである。彼らが撮影したさまざまなニューヨークのシーンを見ることができなかったら、それは存在しなかったも同然だったのではないか。さらに、その瞬間を撮っていなかったら、目まぐるしく変貌を遂げるニューヨークにあって、画像に留める機会は永遠に失われたことだろう。彼らの存在によって、私たちはようやく本当のニューヨークを知ることができるとも言える。

ストリートフォトグラフィーの巨匠エリオット・アーウィット。ニューヨークのみならず、世界各地の路上シーンを撮影している。©Alldayeveryday

ストリートフォトグラフィーの巨匠エリオット・アーウィット。ニューヨークのみならず、世界各地の路上シーンを撮影している。©Alldayeveryday

何かが起きる、何でも起きる

それにしても、なぜかくも多くの写真家がニューヨークに魅了されるのだろう。「そこに人間がいるから。それもとびっきり面白い人間たちが……」「それはカオス(混沌)だ。カオスの世界がそこにある」「これは正気を保つための写真だ」「何かが起きる。何でも起きる。ここは人間の交差点」「またいつか、は、もうない」「写真のためだったら何でもするさ」「写真だけが時を止められる」「エネルギーとスピード、それがニューヨーク」……。

2016年8月4日で100歳となるレベッカ・レプコフ。1930年代からニューヨークを舞台にドキュメンタリー写真を撮り続けている。©Alldayeveryday

2016年8月4日で100歳となるレベッカ・レプコフ。1930年代からニューヨークを舞台にドキュメンタリー写真を撮り続けている。©Alldayeveryday

撮る方も自由奔放

スクリーンに登場するニューヨークのストリートシーンも面白いが、その作品づくりに取り組むカメラマンたちの熱さはもっとエキサイティングだ。それぞれの流儀で被写体に迫るのだが、その迫り方が自由奔放で、シェリル・ダン監督がストリートフォトグラファーたちを撮りたかった気持ちがよく分かる。撮る方も撮られる方も、それぞれにユニークで魅力的なのだ。シリアスな場面もあるが、むしろユーモアに包まれた頬の緩むシーンのほうが数多く記憶に残る。

数々の賞を受賞しているジル・フリードマン。 警察官、消防士、サーカスの団員など、あまり人の踏み込まない世界を多く撮影している。 ©Alldayeveryday

数々の賞を受賞しているジル・フリードマン。 警察官、消防士、サーカスの団員など、あまり人の踏み込まない世界を多く撮影している。 ©Alldayeveryday

お金がなくても楽しい

70年代のニューヨークは、驚くほど開放的で愉快だった。写真家アーヴィング・ペンのスタジオを訪れ、デザイン事務所「プッシュピン・スタジオ」へ遊びに行き、ディスコ「スタジオ54」でイッセイ ミヤケのファッションショーなどを見た。やがて開発が進み、街並みがきれいに整うと同時に、マンハッタンはお金持ちしか住めない雰囲気になった。お金がなくても楽しいのがニューヨークだが、最近のニューヨークは果たしてどうだろうか。「寛容」さは維持されているだろうか。この映画に登場するようなシーンは、まだ見られるだろうか……。

シェリル・ダン監督(右)と写真通信社マグナムフォトの古くからのメンバー、ブルース・デビッドソン。イーストハーレムや地下鉄を撮った作品で知られる。©Alldayeveryday

シェリル・ダン監督(右)と写真通信社マグナムフォトの古くからのメンバー、ブルース・デビッドソン。イーストハーレムや地下鉄を撮った作品で知られる。©Alldayeveryday

●映画についての問い合わせ
映画「フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク」は2016年8月に東京・渋谷の「シアター・イメージフォーラム」ほか全国で順次公開されます。
シアター・イメージフォーラム
Tel. 03-5766-0114
http://www.imageforum.co.jp/theatre/
test single
test single