World Walking Vol.12 Basque 1 —Bilbao & Getaria— ミシュラン1つ星レストラン「エルカノ」のオリーブオイルを2名様にプレゼントつ

ピレネー山脈の西側に位置し、スペイン北部からフランスにまたがるバスク地方。北側には大西洋ビスケー湾を望み、最先端の美食を求めて世界中からツーリストやトラベラーが集まる地域です。イベリア地域でも降水量が多いため農作物がよく育ち、「グリーン・スペイン」とも呼ばれるバスク地方では、太陽が降り注ぐ地中海に面したカタルーニャ地方とは一味違った文化を楽しめます。今回は南部ビルバオからベルメオ、ゲタリアなどをご紹介します。

地方主体の都市計画

それぞれの地域の特色を色濃く残しながらも、地方独自の観光戦略を打ち出しているスペイン。なかでも、近年は「ヌエバ・コッシーナ(新しい食)」によって広がった最先端の食文化に注目が集まっているのが、今回ご紹介するバスク地方です。この魅力的な地方を生み出す背景となっているスペインの地方制度とは、一体どのようなものなのでしょうか?

現在、私たちがスペインと呼んでいる国は、1516年にハプスブルク家のカール大公が王位に即位してから、1930年代の市民戦争(スペイン内戦)まで王政が続いていました。この戦いで反乱軍を指揮したフランシスコ・フランコ将軍が勝利したことで、1975年の死去までは中央政府による官僚的な国家運営が続きます。その後、このフランコ将軍の死去をきっかけに、スペインは王政でも官僚主義でもない立憲君主制の時代が始まりました。1978年には自治州制度が制定され、現在スペインには17(※)の自治州が政治や都市計画の権限を持って市町村の運営を行っています。

※2017年10月27日、カタルーニャ州議会が一方的に独立宣言を行い、スペイン政府は自治権を剥奪。2017年11月現在、自治権停止中。

「イクリニャ」と呼ばれるバスク自治州旗。赤はバスク人、緑はゲルニカの木、そして白の十字はカトリックの信仰を意味している。

バスク州とバスク地方の違い

この自治州の一つがバスク州で、州都「ビトリア=ガステイス」のあるアラバ県、「ドノスティア=サン・セバスティアン」を含む北部のギプスコア県、バスク州で最も人口の多い「ビルボ=ビルバオ」が県都のビスカヤ県の3つに分かれています。しかし「バスク地方」となると話は少し変わり、地理的にはバスク自治州に加えてスペインのナバラ自治州、さらにフランス南西部のピレネー=アトランティック県に含まれる3つの地域を含む7つの地域を指して「バスク地方」と呼んでいます。

スペインではもともと地域ごとに独自の言語が使われていたのですが、フランコ政権下では公用語としてスペイン語のみの使用に制限されていました。しかし、自治州制度が制定された後に、地方ごとの言葉が使われるようになり、現在の学校教育では両方の言語を教わります。この「バスク語」を使う人がいわゆるバスク人となり、街中の看板などもスペイン語と両方の言葉で表記されています。現在でもバスク地方では「サスピアク・バット(7つは1つ)」といわれるほどバスク人という意識が強く、街中のいたるところで「イクリニャ」と呼ばれるバスク地方独自の旗を見かけることができます。スペインではこうした各地方の特色が色濃く残り、それが地方特有の魅力となっているのです。

公共の表示のほとんどは上がバスク語で、下がスペイン語。写真はどちらも「出口」の意味。

観光戦略の見本となったビルバオ

バスク地方で最も早く観光に力を注ぎ、成功した都市が「ビルバオ(Bilbao)」です。バスク語では「ビルボ(Bilbo)」と表記されるこの街の名前は、サッカーファンなら「アスレティック・ビルバオ」の存在が有名かもしれません。1912年以降、「バスク人」以外の選手を採用しないことでも知られる名門クラブです。19世紀には商業の中心地として栄え、その後「ビルバオ・モデル」と呼ばれる観光戦略「クリエイティブ・シティ」プロジェクトによって大成功を収めました。

戦略的な創造都市として、現在も様々なインフラへの投資は盛んで、市内には地下鉄以外にも「ビルバオ・トラム」が市内の各所を結んでいます。2010年には優れた都市計画に送られる「リー・クアンユー世界都市賞」を受賞し、トラムから望む近代建築エリアと、ゴシック様式の建物が並ぶ旧市街のコントラストはじつに美しいものです。

「アスレティック・ビルバオ」のホームスタジアム「エスタディオ・サン・マメス」。
ビルバオの旧市街。重厚で美しい街並みが続く。
駅のないエリアを結ぶ「ビルバオ・トラム」。インフラへの投資はまだまだ盛ん。
「イクリニャ」は民家のベランダなどにも飾られ、街の至る所でバスク愛を感じる。
バルでゆっくり休憩もいいが、絶品の生ハムを食べながら街を歩くのも楽しい。
教会前の広場ではパフォーマンスや演奏などが行われ、どこを歩いても賑やか。

グッゲンハイム美術館とレストラン「nerua」

商業や工業で栄えたビルバオが観光産業の目玉として1997年に建設したのが「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」。ニューヨークのグッゲンハイム美術館の分館として、フランク・ゲーリーによって設計されました。入り口にはジェフ・クーンズによる植物でできたテリア犬の作品「パピー」をはじめ、巨大彫刻で知られるリチャード・セラの現代美術など、前衛的な芸術作品を楽しめます。充実した内容ながらも効率的にレイアウトされているので、企画展や屋外作品を見ても1日で回ることができます。これはツーリストにも嬉しいところ。

フランク・ゲーリーによる有機的ながらも硬質な雰囲気のファサードに、ジェフ・クーンズの「パピー」が華を添える。
室内も実に複雑なデザインで、天井から差し込む光が白い壁に美しいグラデーションを作る。
リチャード・セラの重量感ある作品群は圧巻。人工物でありながらグランド・キャニオンの中を歩いているような不思議な感覚に包まれる。
鑑賞者までアート作品の一部に見える。コンパクトで効率的なレイアウトは非常に見やすい。
六本木ヒルズでもおなじみのルイーズ・ブルジョワによる巨大な蜘蛛のオブジェシリーズ「ママン」。他にもニューヨークのグッゲンハイム美術館などにも展示されている。
まるで未来の船のような不思議な造形は、造船業や貿易で栄えたビルバオへのオマージュにも感じる。

また、美術館を訪れる際にぜひ予約をお勧めしたいのが、隣接するレストラン「ネルア(nerua)」での食事。多くの星を獲得するマルティン・ベラサテギがプロデュースしたお店で、シェフを務めるのはホセアン・マルティネス・アリハ氏。一世を風靡したEl BULLIではフェラン・アドリアの下で経験を積み、素材の魅力を最大限活かした分子料理が特徴です。お店に入るとキッチンを通るアプローチで、早速シェフによるお出迎えに気分も盛り上がります。あっけないほどシンプルな内装の中で、これまたあっけないほど見た目もシンプルな料理の数々。ところが、見た目からは想像できない「Story of Taste(味の物語)」が、ワインとのペアリングによって展開されます。お酒が苦手な方は、ノンアルコールのペアリングも可能なので、芸術とともに「食の前衛」も楽しんではいかがでしょうか。

美術館の正面入り口に対して裏手に当たる専用の玄関。
予約を告げて最初に通されるのは、オープンキッチン。以外にも静かで、まるで理科の実験室でも眺めているかのよう。
左がホセアン・マルティネス・アリハ氏。日本から楽しみにしてきたことを告げると、日本と和食の素晴らしさを一生懸命伝えてくれた。
さっそくその場でシェフからアペタイザーが提供される。このプレゼンテーションに期待が高まる。
店内には余計な調度品などもなく、カジュアルな雰囲気の中で楽しめる。
トマトの中にハーブなどを混ぜたカクテルが入った一皿。
エビに桃のソースが絡み、甘みと酸味が食欲をそそる。
野菜の出汁に豆が浮かび、澄んだ透明感あふれる味わい。
ワインが苦手な方にはノンアルコールのペアリングコースも。料理に合わせてグラスが提供される。
ナスのエキスにハーブの香りが染み込ませてあり、海と山の滋味を感じさせる。
「Hake(ハーク)」という白身魚のフライにチョリソーが食欲をそそる一品。
ワインに詳しくなくても、料理ごとにペアリングしてくれるので心ゆくまで堪能できる。
メインのラムも、他の料理同様シンプルに素材の味を生かしながら、ソースなどのアクセントが実に新鮮。
デザートは季節の果物にカレーなどで使われるスパイスを使ったアイスでさっぱりと。
最後は羊のミルクを使ったコンデンスミルクのアイスが入ったリンゴのフラン。
今回はランチタイムのコースだったが、機会があったらぜひディナーを楽しみたいと思える内容だった。

ローカル文化に触れる港町ベルメオ

バスク地方の食の魅力の一つは、海の幸と山の幸を同時に楽しめるところ。古来よりワインや牛肉などの山の幸と、魚介などの海の幸が行き来した道を「魚とワインの道」と呼んでいます。その海側の起点になったのが「ベルメオ」。小さくも歴史のある港町ですが、ここから内陸部の「オチャンディオ」まで一本の道でつながっており、その昔は何日もかけて食材を運んでいたそうです。現在ではバスク鉄道の終着駅でもあり、反対側の終着駅がビルバオになります。

ビールを片手にイカのフリットをつまみながら大西洋に沈む夕日を眺めていると、どこからともなく音楽が流れてきました。港から住宅地の広がる小高い丘の方へ進んでみると、そこでは地元の人たちによるフラメンコのお祭りが開催されていて、深夜にもかかわらず方々から人が集まってきます。飛び入りで小さな女の子がステージに上がると音楽はいっそう激しくなり、大人顔負けの踊りを見せてくれます。情熱的な音楽のせいか、チャコリで少し酔ったせいか、地元の人々の営みがとても魅力的に映りました。こうしたローカルな空気に触れ、幸せそうな暮らしを垣間見る瞬間にこそ、異国を旅する醍醐味を感じることができます。

ベルメオは可愛らしい小さな港だが、長い歴史を持つ伝統的な漁港。
歴史の一端が垣間見える年季を感じる木製の船。
海に面してホテルやバルなども立ち並び、この奥に住宅地が広がる。
陽の沈まない夏のスペインでは、夜の8時でも子供達が楽しそうに外で遊んでいる。屈託のない笑顔に、彼らの生活の豊かさを感じる。
漁業が主要産業のベルメオ。堤防では釣りを楽しむ人も見かける。
大西洋に沈むこの夕陽は一見の価値がある。
港が夕陽に染まるのをぼんやりと眺めながら、ビールとイカのフリットで小休憩。タルタルソースのようなマヨネーズを付けて食べるのが美味。
この日は街のお祭りで、深夜10時頃でも人の往来が激しく賑やか。
丘の上の広場には即席のステージが設けられ、地元民によるフラメンコなどが繰り広げられていた。
会場は実に賑やかで、異国情緒を満喫できる一夜となった。

癒しの地ゲタリア

ビルバオとサン・セバスチャンの中間あたりにあるビーチリゾート地が、ギプスコア県のゲタリア。発泡性白ワイン「チャコリ」発祥の地であり、デザイナーのバレンシアガが生まれた町としても知られています。澄んだ海にはヨットやクルーザーが浮かび、車があればチャコリのワイナリー見学や洞窟見学も楽しめます。近隣から訪れた地元住民たちでビーチは賑わい、おもいおもいの時間を過ごしていました。

中世には鯨漁も盛んだったこの地域をカンタブリア海(ビスケー湾の南側の呼称)と呼び、現在ではカタクチイワシの水揚げでも有名です。これを海辺に面したお店で販売しているのが、老舗アンチョビメーカーの「Maisor(メイサー)」。身のしまったカタクチイワシのアンチョビやオイルサーディーンは、魚が新鮮なうちに店の奥で手作業によって加工されているため、臭みがまったくなくさっぱりとした味わい。試食も可能で、お土産に持ち帰ったこちらの缶詰のオイルとツナで作ったペペロンチーノは絶品でした。

バスでゲタリアに降り立つと、さっそくゲタリア出身の探検家「ファン・セバスチャン・エルカーノ」の像が出迎えてくれる。
強い日差しを避けるように、木陰のバルでチャコリを飲むのは至福のひとときだろう。
入り組んだ路地を抜けると澄んだ海が眼前に広がる。
こじんまりと可愛らしいビーチは地元の癒しスポットだ。
おもいおもいの時間を過ごす姿は、心から人生を楽しんでいるように感じる。
港に面した場所に佇む「MAISOR(メイサー)」は、ぜひ立ち寄りたい場所。
店内の奥が工房になっていて、午前中などは手仕事による仕込み作業が見学できる。
店内では試食もできるので、その新鮮な味わいをお試しいただきたい。
店内には様々な種類のオイルサーディンやツナのオイル漬け、バスクチーズなどが売られていて、お土産にも最適。
バスでゲタリアへ向かうために立ち寄った「Zarautz(サラウツ)」駅。ここはバスクでも有名なビーチで、夏季には各地から観光客が訪れる。
サラウツはスペイン国道「N-634号線」でサン・セバスチャンからビルバオの間に位置する。奥に見えるのがサラウツビーチ。
サラウツの海岸ではトライアスロンが催されていた。

魚とワインの道を堪能できるエルカノ

現在でこそ、タパスやピンチョスに分子料理まで、食の最先端を楽しめるバスク地方ですが、魚介を使った独自の伝統料理も実に豪快で美味。スペイン語で「ロダバージョ(Rodaballo)」と呼ばれるカレイの炭火焼は、ゲタリアに来たら絶対に食べるべき食事の一つだと思います。チャコリと海の幸の組み合わせは、まさに「魚とワインの道」そのものです。

この最高の組み合わせを堪能できるのがレストラン「ELKANO」。世界で初めて船による世界一周を成し遂げたゲタリア出身の探検家「ファン・セバスチャン・エルカーノ」と同じ名を持つ名店で、現在はミシュランの星を一つ獲得しています。店外に据え付けられたプランチャという炭焼き台で調理するカレイの炭火焼「ロダバジョ・ア・ラ・パリージャ」やロブスター、たらの顎の付け根のゼラチン質をバスク特有の「ピルピルソース」でいただく「ココチャ」など、最高級のローカルフードが堪能できます。食後は散歩がてら、お店の前の丘の上にあるBALENCIAGAの美術館「Cristobal Balenciaga Museoa」へ。ちなみにエルカノの女性スタッフのユニフォームは、バレンシアガのデザインによるものだそうです。どうりで、ちょっとした所作や立ち居振る舞いも自信に満ち溢れているわけです。

街のシンボルのように建つ「ELKANO(エルカノ)」。至高のバスク伝統料理が待っている。
店外の入り口付近に据え付けられた炭火の焼き台「ブランチャ」。ここでカレイやヒラメ、ロブスターなどの新鮮な魚介を調理する。
ゲタリアのレストランではカレイの炭火焼が名物となっているお店が多いのですが、その発祥がこのELKANOだと言われている。
店内は落ち着いた雰囲気で、要所に海や船を感じるモチーフが飾られている。女性スタッフがお揃いで着用しているユニフォームは、バレンシアガによるデザインだそう。
スターターはマグロのマリネ。新鮮な素材をシンプルに味わえる一皿。
バスク地方伝統の食材「Cococha(ココチャ)」。鱈などの顎部分にあるゼラチン質の肉で、1尾から一つしか取れない希少部位。魚の出汁とオリーブオイルを混ぜた「Pil-Pil(ピルピル)ソース」でいただく。
シンプルな魚介のスープは、海の幸を丸ごといただいているような濃厚さ。ビスクのような甲殻系の濃厚さとは一味違い、出汁のカクテルのようなすっきりとした味わい。
メインは名物ヒラメの炭火焼。グラム単位で選んでくれたものを焼き上げ、取り分けてサーブしてくれる。
肉厚な身にシンプルな味付けで、ボリュームも大満足の一品。骨のそばの身はコラーゲンと炭の香りがたまらない。
各テーブルに置かれていたオリーブオイルがまた絶品で、バゲットにつけたりサラダにかけるだけで一層風味が豊かになる。
明細が運ばれてくるカルトンにもヒラメのモチーフが使われており、愛嬌を感じる。
お店を出て左が海、右が小高い丘になっており、その丘の上にあるのがBALENCIAGAの美術館「Cristobal Balenciaga Museoa」。右奥に見えるのは展望台で、港が一望できる。

自然の恵みがもたらす豊かさに触れて

今回ご紹介したバスク州の西側エリア。その最大の魅力は重厚な歴史ある街並みの上に、グラデーションのように新しいムーブメントが折り重なっているところだと感じました。産業や工業で栄えた街の主軸が、料理などをコンテンツとした観光業へとシフトし、重厚な街の隙間に少しずつ新しい建物や文化が、まるで風のように通り抜けていく。伝統と誇りを重んじるバスク人にとって、変化とは新しいキャンバスを用意することではなく、文化を更新していくような行為なのかもしれません。

ビルバオの美術館と旧市街、ベルメオで見た夕陽と深夜のフラメンコ、ゲタリアのビーチや伝統料理とバレンシアガミュージアムなど、そのコントラストは実に鮮やかです。ですが、決してドラスティックに何かを破壊してしまうのではなく、グラデーションのように内側から少しずつ変化していき、その街の個性としてしっかりと成長していく。のどかな中にも驚きが溢れるバスク地方、ぜひゆっくりと呼吸をするようにいろんな街を訪れて見てほしいと思います。次回は“海バスク”の中でも人気の高い「サン・セバスチャン」、そしてフランス側バスクのリゾート地として「サン=ジャン・ド・リュズ」をご紹介します。

欧州文化首都にも選ばれたドノスティア=サン・セバスティアンから望むビスケー湾。

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